名画のドレス
はじめに
ほぼ10年単位でスカートのシルエットが変わるので時代を特定でき、西洋服飾史を知ると絵画がよくわかると述べられています。
アンガジャント
袖のレースは一般的に3段でアンガジャントと呼ばれていました。中世では貴婦人が騎士に袖を贈る文化もあり“engageante”には「魅惑する、惹きつける、無意識に誘う」などの意味あいもあったそうです。
エシェル
エシェルは、胸元の逆三角形の胸当てに縦にびっしりついているリボン。男性の軍服の前に縦に並んでいる飾り紐(または飾り紐付きのボタン)はブランデンブルグといい、ドイツから伝わったとされます。
織物
イタリアからの絹織物の輸入で財政がひっ迫するので、ルイ14世はイタリアから優秀な職人を呼び寄せて、国際としてリヨンで絹織物を生産させ、宮廷貴族の衣装はリヨン産を用いるべきとしました。
リヨン絹織物は紋織が特徴で、だんだん模様が小ぶりに精緻になっていきました。女性のドレスは紋織、男性の衣装は刺繍が一般的だそうです。
仮面
ベネチアは仮面舞踏会の発祥地と言われますが、1年の半分がカーニバルにあたり、仮面をつけているのが日常であった時期もあったそうです。
ギルランド(花冠)
事例としてフラゴナールの「冠を受ける恋人(愛の戴冠)」が掲載されてています。
フラゴナールは当初デュ・バリー夫人から「恋の成り行き」という連作を依頼されたのですが、結果的に夫人はロココ様式より新古典様式の別の作家を採択しました。
この連作は「逢引1」「追跡1」「愛の戴冠1」「付け文(恋と友情)1」から成ります。
扇子
扇子言葉や扇子のエクササイズが生まれたことを紹介しています。
1827年にパリで設立された扇子会社は以下の扇子言葉を紹介しました。2
- 左手で扇子を回す「私たちは見られている」
- 右手に扇子を顔の前に持って行く「私に従ってください」
- 開いた扇子で左耳を覆う「私たちの秘密を裏切らない」
- 手で扇子をすべらす「私はあなたが嫌いです」
- 頬に扇子をすべらす「私はあなたを愛しています」
- 扇子の先端に指で触れる「お話ししたい」
- 扇子を右頬に置く「はい」
- 扇子を左頬に置く「いいえ」
- 扇子を開閉する「あなたは残酷です」
- 扇子を落とす「私たちは友達になる」
- ゆっくりと扇子であおぐ「私は結婚している」
- 早く扇子であおぐ「私は婚約している」
- 扇子の持ち手を唇に触れる「キスして」
事例としてジェームズ・ティソの「音楽会」の絵画が掲載されています。当時はオスマン帝国からの使節がヨーロッパに訪れることがありましたが、この絵にも貴賓席らしい前席にアラブ風の衣装の男性達が描かれています。金地に花が描かれた大きめの扇子も日本風で、エキゾチックな異国情緒を取り入れたイメージを表しているのかもしれません。
チョーカー
シャルル・ソレル『ギャラントリーの法則』(1644)には、素肌の白さを際立たせる黒いリボンの効果が記載されているといいます。17世紀には、男女とも首元や手首に黒いリボンを巻くことが流行していたことが、肖像画などから見て取れるとか。
トルコ趣味
ジャポニズムやシノワズリーと並び、18世紀から19世紀にかけて、『千夜一夜物語』のフランス語訳や、オスマン帝国のトルコ大使などの西洋来訪の影響をうけた、トルコ趣味の風俗をチュルクリーといいます。
1966年にルイ14世を訪ねたオスマン帝国大師の尊大な態度を受けて、トルコを嘲笑する喜劇をモリエールに作らせたのが『町人貴族』3でした。当時のフランスには『オリエント諸民族百景集』などの衣装の版画集も出版されていたそうです。
バックスタイル
1860年代から1880年代くらいにはバッスル・スタイルという背面にポイントがあるドレスが流行り、この頃の絵画は見返り美人のような後ろ向きのスタイルが多いそうです。
フィシュー
17世紀から女性が方に羽織っていた三角形の白い肩掛けのこと。フランス皇帝ナポレオン3世の皇后であるウージェニー妃はマリー・アントワネット(1755-1793)3に傾倒し遺品や肖像画をコレクションしていました。1867年に彼女が開催した展覧会を機にブームが到来し、実際にマリー・アントワネットの時代にも実際にしたタイプのフィシューが「マリー・アントワネット風フィシュー」として再流行しました。
旅行カバン
1825年に世界初の鉄道がイギリスで開業、1850年代にできた百貨店も鉄道による通信販売を推進していた時代、旅行とレジャーの誕生により「旅装」という新たなファッション・ジャンルも誕生しました。
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