『Three Sisters, Three Queens』レビラト婚と女性差別

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『Three Sisters, Three Queens』
(『女王になった3姉妹』)フィリッパ・グレゴリー

ヘンリー7世の息子の嫁キャサリン・オブ・アラゴン、長女マーガレット・チューダー、次女メアリー・チューダーはそれぞれ、イギリス王妃、スコットランド王妃、フランス王妃になりました。

レビラト婚と女性差別

If brethren dwell together, and one of them dieth without children, the wife of the deceased shall not marry to another: but his brother shall take her, and raise up seed for his brother.’ (本文より)
兄弟が一緒に住んでいて、そのうちのひとりが死んで子のない時は、その死んだ者の妻は出て、他人にとついではならない。その夫の兄弟が彼女の所にはいり、めとって妻とし、夫の兄弟としての道を彼女につくさなければならない。(旧約聖書『申命記1』25章5節)
1501年、ヘンリー7世の長男アーサーが結婚後20週で急死、10歳であった次男ヘンリー(後のヘンリー8世1)が14歳になったら元兄嫁と結婚することで、イギリス、キャサリンの実家スペイン、王族の結婚の許可をする教皇3者が合意。キャサリン・オブ・アラゴン妃は5歳年上でした。
旧約聖書の律法『レビ記1』では、兄弟の妻を娶ることは禁止されています。ただ、例外的にモーセの最期の言葉を綴った『申命記』には、上記引用文のように子のない兄弟の未亡人なら娶らなければならないとされています。
兄弟の未亡人を娶ることをレビラト婚1といいます。ラテン語で夫の兄弟を意味するレウィル(levir)が語源です。
レビラト婚の有名な例として、シェイクスピアの『ハムレット』では、母のガードルードが、兄王妃から弟王妃になったことが、物語のキーになります。この場合は、母の美しさもさることながら、前王妃をめとることが後王の箔付けと正当性になった事例と考えられます。架空のお話ですが。
実在の人物では、中国4大美人の一人と言われる王昭君(他3人は、西施、貂蝉、楊貴妃)は、漢の皇帝に選ばれ匈奴におくられました。美人なのに絵師にわいろを贈らなかったので不美人な肖像画を描かれてしまったという逸話がある人です。匈奴の夫君主とは死別しましたが、後を継いだ、第二夫人の息子と再婚しました。当時の中国、漢と周辺諸国のひとつである匈奴との関係への政治的配慮もありそうです。ちなみに前夫呼韓邪単于(こかんやぜんう)との間には早世した男子2人と女子1人が、後夫復株累若鞮単于(ふくしゅるいにゃくていぜんう)との間には女子2人があったそうです2
夫を亡くした寡婦(と子供達)を守るために、女性の自立がなく夫より権限の少ない父系社会patriarchal society)によくみられ、子供がいない場合の他、小さい子供がいる場合、子供が産めないくらいの年上の年齢でもレビラト婚が行われるケースもありました3,4Widow inheritance(寡婦相続とも言われて、寡婦(と子供達)を金銭的に支援する、ある種の社会保障(social protection)と位置付けられ、日本でも逆縁婚として、戦国時代から江戸時代にかけて武家でそのような例がみられます。ちなみに満族では収継婚といいます。
ツングース族のレビラト婚の研究5は、氏族社会では女性は産む子供も含めて男性氏族の所有財産とみなされるため、最も近い氏族である兄弟が財産として女性を相続するという習慣を紹介しています。
中国春秋時代の「烝」とよばれる結婚形態6は、そのような婚姻関係から生まれた子が他の子と対等または母親の実家を反映して高いポジションにあることを分析して、このような婚姻関係も一定の正当性を持っていたことを明らかにしていいます。ただ、後の儒学的価値観の時代には、「烝」は非難される行為として「淫」と評され、異民族の特殊な習俗をあらわす言葉になったといいます。前述の王昭君の時代の漢では、儒教1が官学となってきた時代なので、レビラト婚は古い野蛮な周辺民族の習慣として、王昭君の不幸を際立たせる逸話となったのでしょう。
現代でも、「女性差別撤廃条約第16条に関する一般勧告」には、未亡人の財産奪取や横領のために夫の兄弟と強制的に結婚させられたり、ひどい場合は、亡夫の親族たちが寡婦を自宅から追い出し,すべての動産の所有権を主張しながら,それに伴って自分たちが負うべき寡婦や子どもたちを支援する慣習上の責任を無視し、周縁や別の共同体に追いやったりするような、女性差別が報告されています7
この条約は正式名称をを「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約1」といい、国連で1981年に発効した多国間条約で、2019年の時点では締約国は189か国で、日本も1985年から批准しています。この条約をに批准している締約国でも宗教的・文化的慣行を理由に法的整備の留保している場合は撤回すべきであると勧告していますこの条約に批准していない国8は、イラン、モンテネグロ、ナウル、パラオ、カタール、ソマリア、スーダン、トンガの他、米国です。
なぜ先進国の中で米国だけがこの条約に批准していないのでしょうか。ネット上では、黒人差別の激しい米国が女性差別を撤廃するわけがないといった根拠の不明確な人種差別的な情報もありましたが、公式な発言・論説では下記2点のような論点のようです。

(1)参議院議員の山谷えり子は、「女子差別撤廃条約は世界人権宣言に反し、母性を攻撃し、愛よりも仕事が大切だと言い(マザー・テレサの言葉を引用)、差別の概念が暖昧で、各国の社会的、文化的、倫理的、宗教的伝統を攻撃している9」と主張しています。ジャーナリストの山谷氏は、家族論やフェムニズムについて様々な論術10がありますが、夫婦別姓制度反対(本人は政治家としては旧姓使用)、人口妊娠中絶反対、性教育反対など保守的な立場の政治家です。

(2)女性差別撤廃条約は事実上の平等実現のための暫定的特別措置について規定しています。アメリカではアファーマティプ・アクション1、ヨーロッパ諸国ではポジテイプ・アクションと呼ばれてきました。すでに過去に差別された人への優遇措置のことです。ただ、米国では、女性への優遇措置について、男性に対する差別(逆差別)であるとの憲法訴訟が提起され、条約批准に対する障害になっているそうです。アファーマティブ・アクションについてわかりやすい事例で紹介されていたので下記に引用します。

2人のランナーのうち1人が足かせをはめられている100ヤード競争を想像してほしい。彼が10ヤード進むうちに、足かせをはめられていない走者は50ヤード進む。その時点で審判員はレースが不公平であると判定する。どうやってこの状態を是正するであろうか。彼らは単に1人の走者の足かせをはずし、レースを続行させるだけであろうか。そこで「機会平等」は達成されたということはできる。しかし1人の走者は依然他の走者よりも40 ヤードも先を走っている。足かせをはめられていた走者に40 ヤードの遅れを埋め合わせてやるか、あるいはレースをやり直しすることを認めるのが正義のよりよい役割ではないだろうか。これこそがアファーマテイプ・アクションである。(金城清子「女性差別撤廃条約と日本 論説 女性差別撤廃条約と日本」(龍法 ’11) 43 ・3. 5 (889-917)より)

 

  1. ウィキペディア(日本語)申命記(口語訳)
  2. Wikipedia(English)Wang_Zhaojun
  3. Wikipedia(English)Levirate marriage
  4. Why Polyandry Fails: Sources of Instability in Polyandrous Marriages Nancy E. Levine; Joan B. Silk http://case.edu/affil/tibet/tibetanSociety/documents/02.pdf
  5. 劉永鴿、王辰「ツングース文化と日本文化との比較研究 ──婚姻習俗を中心に──」、アジア文化研究所研究年報 号 50 ページ 50(297)-35(312) 発行年 2016-02-29
  6. 平林 美理HIRABAYASHI Misato「春秋時代における「烝」婚の性質Character of the Marriage Custom Called “Zheng(烝)” in the Spring and Autumn Period」史観 172, 44-64, 2015-03 早稲田大学史学会
  7. 女性差別撤廃委員会 一般勧告第29とその解説「女性差別撤廃条約第16条に関する一般勧告 婚姻,家族関係及びそれらの解消の経済的影響」平野恵美子訳 (JNNC会員)国際女性 No. 27(2013)
  8. HatenaDiary2006-07-19「国連加盟国のうち、女子差別撤廃条約に未批准の国リスト」
  9. スタッフメール バックナンバー「月刊「正論」6月号(338頁~)に短期集中連載「フェミニズム「世界革命」を阻止せよ!」「アメリカ『10年戦争』の教訓は無視された」という光原正先生の論文が掲載されています。興味深い内容なので、概要をご紹介致します。」
  10. CiNii山谷えり子

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