『ヒトラーに屈しなかった国王』

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ヒトラーに屈しなかった国王

ヒトラーに屈しなかった国王(原題『国王の拒絶』英題『国王の選択』)第89回アカデミー賞外国語映画賞
ナチス・ドイツ軍によるノルウェー侵攻(ヴェーザー演習作戦)が起きる前日の1940年4月8日から国王ホーコン7世がナチス・ドイツからの降伏要求を正式に拒否した翌日の4月11日までを中心に描いています。1
➤ドイツ侵攻に際して国王一家と内閣はオスロから北部レルベルム2へ退避し、占領されたオスロでは、ファシズム政党のクヴィスリング3がヒトラー傀儡政権の首相となりましたが、売国奴と言われ戦後銃殺刑にされました。
君はわかっていないようだが、私はノルウェー史上で唯一 国民に選ばれた国王だ。この国は民主主義国家であって最も尊重すべきは国民の意見だ。今ここで私が決断すれば民主主義ではなくなる。この国の行く末は密談によって決まるのではない。国民の総意で決まるのだ
➤自身も政治生命をかけて秘密裡に、クヴィスリングを外した政府を認める提案をするノルウェーよりのドイツ公使に対して、国王は署名を断ります。ノルウェーが、スウェーデンとの同君連合(ひとりの君主が複数の国を治める形態)を解消する際、君主制支持79%の国民投票と議会による支持を経て、ホーコン7世として即位した経緯を、国民に選ばれた国王と言っています。
➤デンマーク王子であったホーコン7世は33歳の時に1905年にノルウェーの国王となり、ドイツ侵攻のあった68歳から5年間はイギリス王女であった亡妻の母国に亡命したものの、85歳で没するまで50年近く君臨し、一人息子のオラフ5世が後を継ぎました。
➤国王と王太子が亡命中、スウェーデンの王族であった王太子妃マッタは子供たちとともに母国に避難し、その後アメリカに亡命していました。
 
➤同時期にホーコン7世の兄であるデンマークのクリスチャン10世国王4と政府は内政の独立を条件に降伏し、その後国内でドイツ軍の占領に対し象徴国王として有形無形の抵抗を示しました。ホーコン7世と政府はイギリスに亡命し国外から対独抗戦を呼びかけました。
  1. ウィキペディア(日本語)ヒトラーに屈しなかった国王
  2. Wikipedia(English)Elverum
  3. ウィキペディア(日本語)ヴィクドン・クヴィスリング
  4. ウィキペディア(日本語)クリスチャン10世(デンマーク王)

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