『THE TUDERS』Season2

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『THE TUDORS〜背徳の王冠〜』Season2

THE TUDORS〜背徳の王冠〜1(2007~2010年)アメリカ・カナダ・アイルランド・イギリス合作。

シーズン2

第1話 黒い密約 (Everything Is Beautiful)

Everything Is Beautiful」      字幕「すべて順調だ

———-TOPIC(キンボルトン城 Kimbolton Castle)

Wikipedia

キャサリン・オブ・アラゴンが離婚後、居住した城はケンブリッジ州のキンボルトン城2です。

11世紀ころのノルマン朝時代に建てられた古城ですが、1520年代までにヘンリー8世の廷臣ウィングフィールド卿3の所有となり、チューダー様式の邸宅として改築されました。

キャサリン・オブ・アラゴンは沼地気候が体にあわず1536年にここで亡くなり、亡骸はピーターバラ大聖堂4に埋葬されますが、キンボルトン城にはキャサリンの亡霊が出るとうわさされました。

現在は4歳から18歳まで1000人ほどの生徒を有する 5ボーディングスクール6(寄宿制の学校)になっています7

第2話 決別の時 (Tears Of Blood ) ※2008年エミー賞・衣装賞受賞

———-TOPIC(ウェストミンスター宮殿 Palace of Westminster)

ウェストミンスター宮殿8,9があるテムズ川河畔は、戦略上の拠点として、5世紀にイギリスにわたってきたアングロ・サクソン人が建物を建設しました。11世紀頃10クヌート王により宮殿として使われるようになりました。ロンドンの中心部(シティ・オブ・ロンドン)より西側の修道院(West Monastery)が変形してウェストミンスターと呼ばれるようになったそうです。

国王の公式居住城で議会もおかれ現在でも議事堂となっていますが、ヘンリー8世はトマス・ウルジー卿より入手したヨーク宮殿をホワイトホール宮殿を名付け、主にそちらに居住しました。

11世紀初頭にウィリアム1世12は立法の際に家臣の領主や教会の意見を聞く制度を採用しました。これはフューダリズム13(Feudalism封建制)という、領主と家臣のゆるやかな契約による主従関係に基づくものでしたが、フューダリズムは「臣下の臣下は臣下でない」というように、直接でなければ主従関係が発生しなかった複雑な制度でした。この諮問会議(Council)をキュリア・レジス14(枢密院)といいイギリス議会15の前身となりました。
1215年、ジョン王の時代、度重なる徴兵に貴族達が不満を表明したことに対し、王は所領の没収、貴族は王の廃位という対立に発展しました。紆余曲折の末、最終的に貴族の要望を大幅に取り入れる形で国王の権利を制限し、25人の貴族を代表者とする「マグナ・カルタ1617」という憲章が妥協策となりました。マグナ・カルタには議会の承認なく課税できない旨も定められています。

第3話 王妃アン (Checkmate )

———-TOPICS(ラドロー城 Ludlow Castle)

ラドロー城とキンボルトン城(c)curiou-sdmlab.com

11世紀後半にノルマン貴族によって建設されたラドロー城は、15世紀に王室管理下になり、キャサリン妃14歳18が、最初の夫でヘンリー8世の兄アーサー皇太子16歳19と、アーサーが病没する1502年4月まで数か月を過ごした城でした。

キャサリン妃とヘンリー8世の娘メアリー王女20(後のメアリー1世女王)が、プリンセス・オブ・ウェールズとして1525年(メアリー9歳)から3年間住みました。
母のキャサリン妃が住むキンボルトン城とは180Km離れています。

第4話 宣誓 (The Act of Succession )

———–TOPIC(ランベス宮殿 Lambeth Palace)

ランベス宮殿21は、ランベス荘と言われていた邸宅を1200年頃カンタベリー大司教が取得して以来公邸となっています。

カンタベリー大主教22は、イギリス国教会(聖公会)最高位の聖職者23です。日本語訳はカトリック教会が大司教で、聖公会が大主教ですが、英語は同じarchbishopです。
枢機卿24は教皇を補佐をする役職として主として司教の中からローマ教皇が任命し、次の教皇選挙件を持ちます。(現在では80歳以上になると選挙権を失います)。

官僚の最高位である大法官を辞したカトリックのトマス・モアは、教皇ではなく国王を教会の主長とする国王至上法を議会にかけるにあたっての宣誓を拒みロンドン塔に投獄されました。同様に宣誓を拒んだカトリックのジョン・フィッシャー司教25と共に翌年刑死しました。教皇からジョン・フィッシャーを枢機卿に任命した通知が届いた直後のことでした。
宣誓を強要する査問委員会は、当時のカンタベリー大主教であったトマス・クランマー26大主教公邸ランベス宮殿で開かれました。
トマス・クランマーは後の、メアリー1世時代にカトリックを拒み処刑されます。
国王秘書、のちに宗教上の国王代理となるトマス・クロムウェルは、国王至上法や前王妃キャサリンとの結婚無効などに尽力した中心人物で、この査問委員会にも関与していましたが、後にヘンリー8世の4度目の再婚相手アン・オブ・クレーヴスに対する王の不満につけこまれ失脚し、トマス・モアやジョン・フィッシャーと同じくロンドン塔で処刑されます。

第5話 友の死 (His Majesty’s Pleasure )

わたしだけでなく君も死ぬ運命なのだよ。いずれはな。(トマス・モアがトマス・クロムウェルに)

トマス・モア処刑時57歳、ヘンリー8世40歳、アン・ブーリン30歳、トマス・クロムウェル46歳。

———-TOPIC(タイバーン Tyburn)

大逆罪の有罪判決を受けたトマス・モアは、当初タイバーンで処刑されることになっていましたが、直前に減刑されロンドン塔で斬首刑に処せられました。

当時、イングランドで大逆罪27(反逆罪の中で最も重い罪)は、「首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑28」に処せられました。刑場は郊外のタイバーン29,30で、当時は公開処刑に大勢の人が見物に詰めかけました。

(Amazonリンク)『図説公開処刑の歴史』– 2013/10/25  Nigel Cawthorne (原著), 井上 廣美 (翻訳)
メアリー1世女王の時代にロンドン塔で処刑されクロムウェルは、

第6話 離れゆく心 (The Definition of Love )

ホワイトホール

第7話 出会いと別れ (Matters of State )

———-TOPIC(ウルフホール Wulfhall)

ロンドンから東へ120キロのウィルシャー州Burbage31にある中世風の別荘ウルフホール32は、ヘンリー8世とクロムウェルの肝いりで建てられましたlf Hall discovered by archaeologists”. The Guardian. 3 October 2018. Retrieved 3 October 2018.[/note]。1535年にここでジェーン・シーモアとヘンリー8世が初めて会ったことで有名です。後に、結婚披露宴もここで開かれました33
歴史作家のヒラリー・マンテル34が、同名でクロムウェルを題材とした小説を発表し、数々の文学賞を受賞しています。

(Amazonリンク)
2009年ウルフ・ホール(上)(下)』Hilary Mantel (著), 宇佐川 晶子 (翻訳)5つ星のうち3.3(11個の評価)ウルフ・ホールを舞台にトーマス・モアの処刑までのクロムウェルを描きます。ブッカー賞受賞。
2012年『罪人を召し出せ Hilary Mantel (原著), 宇佐川 晶子 (翻訳)5つ星のうち5.0(3個の評価)前作「ウフル・ホール」後のクロムウェルを描きます。ブッカー賞、コスト賞受賞。
2015年『ウルフ・ホール 愛と陰謀のイングランド35,36上記2作を原作としたBBCのTVドラマ。ゴールデン・グローブ賞受賞。『Tuders』より約5年後に制作されたTVドラマです。

第8話 愛しい人 (Lady in Waiting )

ヨークハウス

第9話 罠 (The Act of Treason )

ロンドン塔

第10話 白鳥の首 (Destiny and Fortune )

———-TOPIC(ハンプトン・コート宮殿 Hampton Court Palace)

ハンプトン・コート宮殿37,38は、1236年以来聖ヨハネ騎士団が荘園を持っていた荘園をトマス・ウルジー枢機卿39が引き継ぎ贅沢な宮殿を建設したものです。ヘンリー8世に望まれ「進呈」しました。王はウルジーの客として滞在し、1529年に罷免されるまではウルジーも在住していました。

ヘンリー8世はグレート・ホールとテニス・コートを付け加えました。グレート・ホールは日常玉座がおかれ、王が食事をしたりする場所でしたが、日に夜をついで工事がすすめらても完成に5年かかったといいます40,41

大時計のはめ込まれた時計台のようなゲートハウスは今日「アン・ブーリンのゲート」と言われます。アン妃が処刑された時、このゲートの上のアン妃の居室工事がまだ進行中でした。

ヘンリー8世の3番目の妃ジェーン・シーモアが男児(のちのエドワード6世王)を出産しましたが産後の肥立悪く亡くなり、ジェーンの幽霊が出るといわれています。

ヘンリー8世の5番目の妃キャサリン・ハワードが有罪となって引きずり出される時には命乞いをして回廊を走り回った42というエピソードもあり、キャサリンの幽霊が出るとも言われています。

ヘンリー8世亡くなった後、エドワード6世に引き継がれ、その後、メアリー1世女王とスペイン王のフィリップ王配が新婚時代を過ごしました。更にエリザベス1世女王、ジェームズ1世王と、チューダー朝からスチュアート朝にも引き継がれていきました。ロンドンの中心から20キロ強の郊外にあり、少し離れているため現在では、あまり使われていません。

(サイト内リンク)TOPIC「テニスの原型」『THE TUDORS〜背徳の王冠〜』Season1第1話

反乱の狼煙 (Civil Unrest )

恩寵の巡礼 (The Northern Uprising )

国王の報復 (Dissension and Punishment ) ※2009年エミー賞・撮影賞受賞

失われた光 (The Death of a Queen )

改革の揺り戻し (Problems in the Reformation )

妃を求めて (Search for a New Queen )

愛なき婚姻 (Protestant Anne of Cleves )

哀れなしもべ (The Undoing of Cromwell )

シーズン4

恵みの雨 (Moment of Nostalgia )

誘惑の香り (Sister )

密会 (Something for You )

暗転 (Natural Ally )

散りゆく花 (Bottom of the Pot )

老境の恋 (You Have My Permission )

フランス遠征 (Sixth and the Final Wife ) ※2010年エミー賞・美術賞受賞 2010年ゴールデンリール賞・音響編集賞受賞

うたかたの勝利 (As It Should Be ) ※2010年エミー賞・衣装賞受賞

誇り高き男 (Secrets of the Heart )

命果てるとも (Death of a Monarchy )

  1. ウィキペディア(日本語)THE TUDORS〜背徳の王冠〜
  2. Wikipedia(English)Kimbolton_Castle
  3. Wikipedia(English)https://Richard_Wingfield
  4. ウィキペディア(日本語)ピーターバラ大聖堂
  5. Wikipedia(English)Kimbolton_School
  6. ウィキペディア(日本語)ボーディングスクール
  7. Kimbolton School
  8. ウィキペディア(日本語)ウェストミンスター宮殿
  9. Wikipedia(English)Palace_of_Westminster
  10. ウィキペディア(日本語)クヌート1世(イングランド王)
  11. ウィキペディア(日本語)ウィリアム1世_(イングランド王)[/noteの],11Wikipedia(English)William_the_Conqueror
  12. ウィキペディア(日本語)封建制
  13. ウィキペディア(日本語)キュリア・レジス
  14. Wikipedia(English)Parliament_of_England#Parliament_in_the_reign_of_Henry_III
  15. ウィキペディア(日本語)マグナ・カルタ
  16. Wikipedia(English)Magna_Carta
  17. ウィキペディア(日本語)キャサリン・オブ・アラゴン
  18. Wikipedia(English)Arthur,_Prince_of_Wales#Marriage
  19. Wikipedia(English)Mary_I_of_England
  20. ウィキペディア(日本語)ランベス宮殿
  21. ウィキペディア(日本語)大司教
  22. ウィキペディア(日本語)主教
  23. ウィキペディア(日本語)枢機卿
  24. ウィキペディア(日本語)ジョン・フィッシャー
  25. ウィキペディア(日本語)トマス・クランマー
  26. ウィキペディア(日本語)大逆罪
  27. ウィキペディア(日本語)首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑
  28. ウィキペディア(日本語)タイバーン
  29. Wikipedia(English)Tyburn
  30. Wikipedia(English)Burbage
  31. Wikipedia(English)Wulfhall
  32. The Beauties of Wiltshire, Vol. 2, by John Britton. 1801
  33. ウィキペディア(日本語)ヒラリー・マンテル
  34. ウィキペディア(日本語)ウルフ・ホール
  35. Wikipedia(English)Wolf_Hall_(miniseries)
  36. Wikipedia(English)Hampton_Court_Palace
  37. ウィキペディア(日本語)ハンプトン・コート宮殿
  38. ウィキペディア(日本語)トマス・ウルジー
  39. Summerson, John (1969). Great Palaces (Hampton Court. pp. 12–23). London: Hamlyn Publishing Group Ltd. ISBN 0-600-01682-X.p.21
  40. Williams, Neville (1971). Royal Homes. Lutterworth Press. ISBN 0-7188-0803-7.
  41. Thurley, Simon (1996). Hampton Court Palace. London: Historic Royal Palaces.

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