『消滅世界』村田沙耶香

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『消滅世界』村田沙耶香1

システムの中に自分たちがきちんと組み込まれていると思うとほっとする。

私と夫は子供を産むために互いに便利だから、という理由で結婚という契約をした。けれど、夫は精子を提供するだけの他人ではない。やはり家族なのだ。

システムの中に自分たちがきちんと組み込まれていると思うとほっとする。やっぱり家族システムは、便利だから利用している、というだけではなく、そこになにか確固たる絆を生むものなのだ。恋と性欲は、たしかに、家の外でする排泄物のようなものだ

  • 組織内システムに組み込まれると安心するのはなぜか?
  • 考えなくてもいいから?リスクが少ないから?
  • 日本人だから?群れをつくる生き物だから?
  • システム(家族、会社、組織)によって安心度は違うのか?

 ご存じのように、実験都市千葉では、「 家族」というシステムではなく、心理学・生物学・あらゆる観点から研究されて誕生した新しい システム で、人々は子供を育て、命を繫いでいます。毎年一回、コンピューター によって選ばれた住民が一斉に人工授精を受けます。受精する人間はコンピューターで管理され、健康面や過去に産んだ回数などを考慮して選ばれます。人口は増えすぎず、減りもしないように 計算され、ちょうどいい人数の子供が生まれるよう完璧にコントロールされます。

人工授精で出産された子供は、そのままセンターに預けられます。子供たちは、15歳になるまでの衣食住をセンターで保障され、15歳になって自分も「 受精」する年齢になったら、大人とみなされてセンターを出ます。その世界では、すべての大人がすべての子供の「おかあさん」となります。すべての子供を大人全部が可愛がり、愛情を注ぎ続けます。

第1回の人工授精でできた子供は8歳になり、「 家族( ファミリー)」 システムで育った子供より、均一で安定した愛情を受けることで精神的に安定し、頭脳・肉体ともに優秀であることが証明されています。「 家族」が欠陥していることによる不公平なリスクを子供が負うことはありません。すべての子供 が、すべての大人に愛されて育つ、まさに「楽園(エデン)」のようであることから、「 楽園(エデン)システム」と名付けられています。

時代も変化してるの。昔の正常を引きずることは発狂なのよ。

 母の部屋には昔の書物や恋の話の古い映画のパッケージがぎっしりと並んでいる。まだヒト同士が直接交尾をして子供を産むのが当たり前だったころのものばかりだ。

 映画の中のような古いドレスに身を包んだ人が、恋愛をして、結婚して家族と交尾をしていても、それほどの嫌悪感はない。昔はそれしか方法がなかったのだし、今とは時代が違うのだから、古い人類の資料を見ているような、冷静な気持ちになれる。けれど、それを現代になって未だに私の肉体に押し付けようとする母のことはおぞましくて吐き気がする。

「お母さん。原始時代、人間は、多夫多妻制の乱婚制度が当たり前だったんだって。セックスは儀式で、儀式の日に若者が集まって集団で乱交して子供を孕んだんだって、何かで読んだわ。でも、今それをやっている人がいたら狂人でしょう?お母さんのやっていることはそれと同じ。時代も変化してるの。昔の正常を引きずることは発狂なのよ。」

  • 過去の歴史上の事実は、当時のシステムとしてはノンフィクションであっても、現代人にとってはフィンションと同じような感覚を抱かされるのではないか?
  • SF(Sience Fiction)をシステムデザインとしてとらえてみよう。

 

  1. 消滅世界』 (河出文庫) 文庫 – 2018/7/5 村田沙耶香 (著)

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