『衆愚の病理』里見清一

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『衆愚の病理』里見清一

昭和36年鳥取県生まれ東大卒の大病院内科科長エッセイ

衆愚の病理 (新潮新書) – 2013/6/15 里見 清一 (著)5つ星のうち4.0/ 24個の評価

Ⅰ「敗戦処理」はエースの仕事である

1「敗戦処理」とは何か

東電を批判する資格

私が東京から避難せずにいられるのは、吉田所長以下の職員の人たちのおかげであると思っている

東日本大震災に起因する福島第一原子力発電所事故1は2011年3月11日に発生。
吉田昌郎1(昭和30年生まれ。大教大附属天王寺中学高校を経て1977年に東京工業大学工学部を卒業。高校時代は剣道部と写真部に所属、成績は学年の180人中20番くらい)氏は、東電力執行役員 福島第一原発所長として事故の対応にあたりました。上司の要請を聞かず海水注入を継続したことで物議をかもしましたが結果的に大惨事を防ぎました。2011年11月24日食道癌の治療のため入院し、2013年7月9日 – 食道癌のため慶應義塾大学病院で死去。
この記事は「新潮45」22011年10月号に書かれたものです。

Ⅱ情報が害毒を生産する

1不安の元になる情報

K子先生のメラノーマ(悪性黒色腫)

ドフトエフスキーは、20代前半社会主義思想により死刑判決を受け皇帝の恩赦で助かった経験を元に、死刑囚の心境を記述しています。

白痴 (全4巻)亀山郁夫の音楽性ゆたかな新訳
白痴 完全版 , 上妻純一郎 (編集), 中山省三郎 (翻訳) 5つ星のうち4.5/
18個の評価

ナスターシャ 坂東玉三郎 (主演), 永島敏行 (出演), アンジェイ・ワイダ (監督) 5つ星のうち3.8/ 10個の評価
玉三郎はムイシュキンとして現れ、イヤリングをつけ、ショールを羽織ると一瞬にして女形に変身するという魔術的手法で、幻の女となったナスターシャを演じる。1

情報は害毒なり

がんセンターのウェブサイトの情報は正しいかもしれないが、不安を誘発し、闘病意欲がわくようなものにはなっていないと専門家に指摘された経験を述べています。

「心配は私がする」

嘘をつかずに患者に前を向いてもらうために、私にただ一つ言えるのは「私がここにいる」ことである。私はよく患者に、
「あなたが心配してもなんにもならない。心配は私がする。悩むのは私が悩む。だから安心しろ」と言い放つ。
この無茶苦茶な論理に納得できる人は幸せである。だから、私が寛恕に信用してもらわねばならないのは、私のためではなく、患者のためなのである。

2「最悪を想定する」という無責任

リスクの許容水準

キャンサーチャンネル>東京大学大学院生物統計学大橋康雄教授の講義
(現在は記事は削除されています)
致死率は100万分の1が無視できる水準ということになっているそうです。
650キロメートルの飛行機旅行
100キロメートルの自動車旅行
60歳の人間が20分過ごす(60歳の人は20分ごとに100万分の1の確率で死んでいる)
ワインを半分飲む
飛行機は怖い。では自動車を運転していけばよいのか・「客観的情報」からすると後者の方がよほどリスクが高いことになるが、
プロスペクト理論というのがあって、人間は頻度が低いこと(飛行機事故など)を過大に、頻度が高いこと(交通事故など)を過少評価する
【プロスペクト理論】prospect theory

1」不確実性下における意思決定モデルの一つで、行動経済学における代表的な成果としてよく知られています。

期待効用仮説1に対して、1979年に、2002年ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって展開されました。
「プロスペクト(prospect)」という語は「期待、予想、見通し」といった意味を持ち、その元々の由来は宝くじ。期待効用理論の「期待(expectation)」という語に替わるものとして名前に選ばれました。

認知バイアス1「確率に対する人の反応が線形でない」期待効用理論のアノマリー(逸脱状態)1「アレのパラドクス」として知られています。
(アレのパラドクス)
アレは、連続する2回のくじに関する質問を、たくさんの参加者に問いかけました。
1回目のくじ
 オプションA:確実に1,000ドルがもらえる。
 オプションB:10%の確率で2,500ドルがもらえて、89%で1,000ドル、そして1%は賞金なし。
2回目のくじ
 オプションA:11%の確率で1,000ドルがもらえて、89%は賞金なし。
 オプションB:10%で2,500ドルもらえて、90%は賞金なし。
ほとんどの場合、参加者は1回目のくじではAを選択し、2回目のくじではBを選択しました。1回目のくじにおいては、個人は期待利得の低い方を選択し、2回目のくじにおいては、期待利得が大きい方を選択したのです。この実験は何度も繰り返されましたが、全て同じ結果になりました。

認知バイアス2「人は富そのものでなく、富の変化量から効用を得る」これと同様のことを、ハリー・マーコウィッツは1952年に指摘している。

プロスペクト理論の元となった実験は、心理学者のウォルター・ミシェル英語版が用いた方法を参考にしたカーネマンが「一つだけの質問による心理学(psychology of single questions)」と呼ぶ手法によります。

  • 質問1:あなたの目の前に、以下の二つの選択肢が提示されたものとする。
  1. 選択肢A:100万円が無条件で手に入る。
  2. 選択肢B:コインを投げ、表が出たら200万円が手に入るが、裏が出たら何も手に入らない。
  • 質問2:あなたは200万円の負債を抱えているものとする。そのとき、同様に以下の二つの選択肢が提示されたものとする。
  1. 選択肢A:無条件で負債が100万円減額され、負債総額が100万円となる。
  2. 選択肢B:コインを投げ、表が出たら支払いが全額免除されるが、裏が出たら負債総額は変わらない。

質問1は、どちらの選択肢も手に入る金額の期待値は100万円と同額である。にもかかわらず、一般的には、堅実性の高い「選択肢A」を選ぶ人の方が圧倒的に多いとされている。
質問2も両者の期待値は−100万円と同額である。安易に考えれば、質問1で「選択肢A」を選んだ人ならば、質問2でも堅実的な「選択肢A」を選ぶだろうと推測される。しかし、質問1で「選択肢A」を選んだほぼすべての者が、質問2ではギャンブル性の高い「選択肢B」を選ぶことが実証されている。

この一連の結果が意味することは、人間は目の前に利益があると、利益が手に入らないというリスクの回避を優先し、損失を目の前にすると、損失そのものを回避しようとする傾向(損失回避性)があるということである。
質問1の場合は、「50 %の確率で何も手に入らない」というリスクを回避し、「100 %の確率で確実に100万円を手に入れよう」としていると考えられる。また、質問2の場合は、「100 %の確率で確実に100万円を支払う」という損失を回避し、「50 %の確率で支払いを免除されよう」としていると考えられる。

状況が悪いのは「私のせいではない」

マイケル・サンデル教授の本には、1970年代にフォード社が開発した車のガソリンタンクが爆発しやすいことが分かっていながら、1台いくらのコストをかけて全車を修理するよりも事故が起こってから死傷者の補償をした方が安くつくと試算した、という例が載っている

責任のとり方

リスクを説明する専門家に対して「予想が外れた時にはどう責任を取るのか」と問い詰めることは無意味である。
それを強要すれば、とにかく「最悪」のことを出しておこう、という、甚だ「無責任」なことになってしまうだけである。

アメリカの教育用ビデオに”breaking bad news”つまり良くないニュースを伝える、というシリーズがあって、その一項目に、こちらが重大なミスをした時の対処、というのがある。重視されているのは、「何かあったら自分に連絡をくれ。私が対応する」と強調することであって要するに逃げないことである。

  1. 福島第一原子力発電所 – Wikipedia
  2. 新潮45 – Wikipedia

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