『コーチングが人を活かす』鈴木義幸1
著者の鈴木義幸氏は慶應義塾大学文学部から博報堂入社、テネシー州立大学心理学専攻を修了してセラピストになりました。国際コーチ連盟認定のコーチとして日本で研修を実施し、現在株式会社コーチ・エイ取締役社長です。
この本では、すぐに使えるコーチングのスキル6パート全50のスキルを紹介しています。「本の最後にはこんな場合にはこのスキルが使える」という分類も掲載されているのですぐ実務に役立つ本だと思います。
コーチングとは一言でいうと「相手の『自発的』行動を促進させるためのコミュニケーションの技術」です。どうすれば相手の思考を「しなければならない」から「したい」に変え、自発的に動かすことができるのか、それがコーチングを学ぶことによって手にする技であり知識です。
相手に自発的に行動させるための、コミュニケーション的なアプローチがコーチングで、仕掛け的アプローチが『仕掛学』『ナッジ理論』、心理学的アプローチが『行動経済学』といえるかな?
その中からいくつかの項目について、他分野の知識を交えながら考察していきましょう。
Skill1.引きだす
コーチングの定義で「引き出す」とは、相手さえもまだ自分の内側に眠ることに気づいていない情報を引き上げ、新たな行動の指針となる知識に変えていくことです。
ビジネスアナリシスで要求の引き出しはelicit(またはelicitate)という言葉を使います。遠くのものを自分に近いへ引き寄せるpullや、ずずっと場所を動かすdrawと違って、elicitは「引きずり出す、導き出す、誘発する」という意味合いがある言葉です2。
相手さえも気づいていないという表現がポイントです。顧客が欲しいものを的確に表現できるとは限らず、本当に望んでいることを引き出すべきだという観点です。よく使われる例を挙げてみましょう。3
例:「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう。」と自動車会社フォードの創業者が言った。4
例:「ドリルを買いに来た人が欲しいのはドリルではなく穴である」マーケティングに関する格言
例:「多くの場合、人は形にして見せて貰うまで自分は何が欲しいのかわからないものだ」とアップルの創業者スティーブジョブズが言った。
プロジェクトマネジメントでは品質マネジメントの考え方の基本として、顧客満足は、要求事項への適合(congormance to requirements:要求どおりにきっちりやること)だけではなく使用適合性(fitness to use:真の要求を満たす)を満たす必要があるといい、使用適合性を満たす方がより顧客満足が高くなるといいます。
引き出すための第一歩は、相手の気持ちのシャッターをあげること。そのためには以下の2つの点に気を付けるべきと鈴木氏はいいます。
1.常日頃から「おはよう」「ありがとう」など当たり前の一言に気持ちを込めて会話すること
2.質問 → その答えを受け止めたことを相手に伝える「そうなんですね」「そんなふうに考えるんですね」 → もっと聞きたいことを質問する「それで」「それから」「~に関してはどうですか?」 →受け入れを伝えることと質問の繰り返し
Skill2.かたまりをほぐす
人は、自分の過去の体験をひとつのチャンク(=かたまり)にして脳の中にストックする傾向にあります。(中略)
そこで登場するのがチャンク・ダウン(かたまりをほぐす)というスキルです。
ものごとを具体的にしていくことはチャンク・ダウンというのに対して、より抽象化することをチャンク・アップといいます。
システム思考では、ものごとを抽象化したり具象化したり抽象度を自由に行き来して考えられる訓練をすることによって「木も見て森も見る」スキルを身につけます。
要求も、ハイレベルの要求(例えば組織全体の戦略など)から具体的な要求(システムの機能のセキュリティレベルや、製品の部品サイズなど)まで、抽象度(粒度)の違う要求の関連性をトレーサビリティと言って重要視します。
この本では、「質問に対する部下の返答はチャンク(塊)であり、それを解きほぐすのが上司の役割だと心得よ」とアドバイスしています。
部下と上司(または関係者)で一緒にチャンク・ダウン、チャンク・アップして、全体の関連性を共通理解できるようになると、もっとすばらしいね。
Skill3.答えられる質問
「将来、どんなことを実現したいんですか?」「組織としてどんなビジョンを持つべきなんだ?」というような大きい質問を力をこめてやらないこと。そのような質問は自分の意識を内部に入り込ませてじっくり考えるものなので、いきなり答えにくいのです。ですから、まず「昼飯何食べた?」「寒いけど風邪ひいてない?」など、小さくて抵抗感なく答えられる質問からスタートし、徐々に考える質問にすすめていきます。
Skill4.「なぜ」と「なに」
こどものころから「なぜ」ときかれるのはほとんどが「悪い」ことをしたときです。よいことをしたときには誰も「なぜ」とはいいません。だから「なぜ」という言葉をきくと、責められることを想定して防衛体制に入るのです。だからこそコーチングでは「なぜ目標達成しなかったんですか?」ではなく「なにが目標達成の障害になったんですか?」とききます。すると相手は客観的に目標への障害をあげることが可能になるのです。
システム思考を行いながら抽象化・具体化を行き来するために、「なぜ」という考え方をします。「なぜなぜ分析」「5Why分析」「診断思考」などという根本原因分析の手法がありますが、事象について、なぜ(Why)を何度も繰り返すことで真の原因や、本質的な問題を探っていきます。考え方はそれでいいのですが、コーチングやヒアリングにおけるファシリテーションで「なぜ?」という聞き方は、聞き手には責められているような印象を与えるので危険なのですね。逆に「何が障害になったのか?」という聞き方は、聞き手を被害者として同情している印象も受けます。
質問をする側は客観的にWhyと考えられるのに対し、質問される側はWhatの方が客観的に考えることができるので、「なぜ?」の分析において「何が?」という聞き方の方が引き出しやすいのでしょう。他にも「どのような影響があるのか?」「誰に影響があるのか?」など、5W1Hを上手に使い分けられるようになりたいものです。
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